やっぱり目をそらせない椎名林檎を正面から見据えて
正体をみれたらいいな、というわけで書いています。
社会に反逆する林檎
椎名林檎は、変幻自在に姿を変えます。誘っているのか、拒絶しているのか、ちょっと
見には判断が付きません。歌を聴いているうちにどうも拒絶したがっているように感じま
したが、確信を持ったのは『本能』のプロモーションのためのインタビューを見たときです。
高校生で制服着てるのに福岡の中州とかで話しかけられたっていうのも
あったし、もっと小っちゃい頃に『私が思ってる自分よりも女っていう生物
として男の人は見るんだな』っていうのを意識した時に凄く嫌悪感があっ
たんですね。ROCKIN' ON JAPAN vol.177(1999年11月号)より引用
女であることを拒絶したくなる時、そこにはそうならざるを得ない体験があるはずです。
自分を表さない「女」という記号でくくられてしまうことに反発してしまう女性がそこ
にいるのです。その感情に支配されるとき、そこには「自然体」などということは望めません。
彼女にとっては反発することが自分を表現することなのです。
いったん人格がある記号に支配されたとき、その人には支配する記号に対して反発するか、
その記号を押しつける社会を逃げ出すか、社会を笑い飛ばすしかないのかもしれません。
彼女は、「女」を押しつける社会に対して正気を保とうとしています。しかし、その態度は
社会が理不尽なためにやはり狂気を帯びざるを得ないのです。
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